大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11083号 判決 1981年2月27日

原告

藤井久

右訴訟代理人

安達十郎

被告

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

一宮和夫

外五名

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

市川一雄

半田良樹

主文

一  原告の被告らに対する請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五〇万円およびこれに対する昭和五二年一一月二六日から支払すみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文第一、第二項と同旨。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

(原告の請求原因)

一  本件事件発端に至る経緯。

(一) 原告は、訴外株式会社藤久(以下単に訴外会社という。)を昭和四二年五月二四日に設立し、以来同社の代表取締役の地位にあるが、同社は職業安定法(以下、単に「法」というときは、同法を指す。)三二条一項による労働大臣の許可を受けて有料職業紹介事業(マネキン紹介事業)を営む株式会社である。

(二) 原告は、昭和四九年一二月ごろ、訴外会社のほかに、マネキン紹介事業を営む他の同業者と共同して、百貨店その他の大型小売店等において取扱う商品の企画、宣伝、販売の受託を目的とする株式会社の設立を計画し、原告と他の同業者ら六名が発起人となり訴外株式会社東販(以下、単に訴外東販という。)の設立準備を開始した。

(三) 原告は、昭和五〇年一月、訴外東販の会社定款の認証に先立ち、①訴外東販の事業内容が法に抵触するかどうか、②労働大臣の許可を受けて有料職業紹介事業を営む原告が、右のような会社の取締役に就任して業務を兼ねることが許されるかどうかの二点について、池袋公共職業安定所(以下単に池袋職安という。)の簡易職業課の指導を仰いだ。

これに対し、池袋職安の簡易職業課長中澤和夫(以下、単に中澤課長という。)と同課業務係長立石靖(以下、単に立石係長という。)の両名からは、「訴外東販の事業内容が、労働者供給事業に該当しない請負事業であれば、何ら問題はない。そして、労働者供給事業であるか、請負事業であるかの区別については、職業安定法施行規則(以下、規則という。)四条に規定されており、原告の設立する会社が、同条一項各号のすべてに該当し、かつ、法四四条の労働者供給事業を禁止する規定を免れるための偽装のものでなければ請負事業として認定され、労働者供給事業にはあたらない。」旨の教示を受けた。

そうして、更に、訴外東販の事業内容は、百貨店などの大型小売店から、そこで取扱う商品の企画、宣伝、販売等の事業を受託し、訴外東販が雇用し、同社の管理職員によつて直接管理し、その指揮下にある従業員をその委託先店舗に派遣し、右従業員をして受託業務に従事せしめて受託業務を完成することを予定していたものであつたが、右両名は、「訴外東販の事業内容が右のような性格のものであれば、職業安定法には抵触しないし、また右会社の営業は、同法三三条の四所定の兼業禁止の対象とされる営業には該当しないので、兼業は差し支えない。」との見解を表明した。なお、違法行為にわたることがないようにとの配慮で、両名からは、研究資料として、「雇対法・職安法・解釈総覧」の貸与を受けた。

四 そこで、原告は、訴外東販の設立手続を進め、昭和五〇年一月二五日に、右会社設立の登記をするとともに、原告が右会社の代表取締役に就任した。

二  被告ら職員の所為

(一) 原告は、訴外東販の設立登記をなした日の二、三日後ごろ、池袋職安に対し、東京都知事あての兼業届出書を提出し、右書面は、池袋職安によつて受理されたが、その後、昭和五〇年二月の初めごろ、原告が代表取締役をしている訴外会社の本店事務所において、前記池袋職安の中澤課長と立石係長の訪問を受け、その際、右両名は、原告に対し、東京都の方から、原告の兼業については、訴外東販の代表者としての営業は許すことはできない旨の反対がなされているので、その兼業は、不可能であると説明された。しかし、原告としては、右の説明には納得することはできなかつた。

(二) 右池袋職安の中澤課長らの説明を受けた数日後、原告は、訴外東販の取締役真貝敬子を同道して、東京都庁に行き、東京都労働局職業安定部労働課民営職業紹介係から呼出しを受け、同係の高野久係長(以下、高野係長という。)に面会し、その際、高野係長は、「訴外会社の営業を開始してはならない。開始すれば、原告らが、現に営業しているマネキン紹介事業の許可は取消されることになる。」旨の通告を受けた。そして、更に、昭和五〇年三月初めころ、同局の同係に本件の原告訴訟代理人である弁護士安達十郎と同道して、高野係長に面会したところ、同係長は、原告に対し、「訴外東販の営業を開始してはならない。あえて営業を開始すれば、現に営業している有料のマネキン紹介事業の許可が取消されることになる。」旨の通告(以下、本件通告という。)をなした。

右の本件通告に対し、原告は、訴外東販の営業は、事前に池袋職安の教示に基づいて、右会社の事業内容が職業安定法に抵触しないかぎり兼業は差し支えない旨の指導を受けてなしたものであるから、右会社の営業開始後になつて、現実の違法行為がなされていることを理由に営業を禁止し、あるいは有料職業紹介の許可を取消すというのであれば、納得はできるが、初めから、右会社の営業を禁止するのは、越権である旨抗弁したが、高野係長は、全くきき容れなかつた。そして、同係長は、「許可を受けて、有料職業紹介の業を営んでいる者は、右会社のような事業をしてはならないものであり、これについては通達があるが、秘密通達なので見せることはできない。」と言い張るだけであつた。

(三) 高野係長が原告に対し、本件通告をなしたのは、同係長の上司である東京都労働局長北条尚人(以下、単に北条局長という。)、同局職業安定部長杉山信一(以下単に杉山部長という)、同局労働課長田辺晃(以下、単に田辺課長という。)らとの協議と指示に基づくものであると推定される。

しかも、その後も、この件について、原告は、東京都労働局の杉山部長、北条局長らに面接し、陳情したが、右両名の見解の骨子も右高野係長と同一であつた。

(四) その結果、原告は、急拠、訴外東販の取締役全員を本店に招集し、右会社の営業開始に踏みきるべきか否かを協議した。しかし、その場では、前記高野係長の通告が違法・不当であるという点では意見の一致がみられたが、同係長の言に逆らつて、営業開始に踏みきれば、それによつて、現在行つているマネキン職業紹介事業の許可が取消されることもあり、そうなれば、原告およびその他の者達は、忽ち生活に窮してしまうので、止むなく、高野係長の通告に従う外ないだろうとの意見が大勢を占め、結局、訴外東販の会社を解散し、それまでに要した費用は原告を含む取締役らにおいて、平等に負担することが決められた。そして、昭和五〇年三月三一日開催の株主総会において、訴外東販の会社解散を決議するに至つたものである。

三  本件通告の違法性と被告らの責任

1(被告東京都の責任について)

(一) 本件の不法行為者は、本件通告当時、被告東京都の労働局の構成員である北条局長、同局の杉山部長、田辺課長および高野係長の四名であり、本件不法行為の直接の行為者は、高野係長である。そして、その他の三名は、いずれも高野係長の上司に当る者であり、この四者が協議のうえ、原告に対し、本件通告を指示したものである。そして、直接の行為者たる高野係長が原告に対してなした本件通告は、いわゆる公権力を行使して、民営職業紹介事業者に対する行政指導としてなされたものと解される。

(二) 被告東京都の一部局である労働局が行つている民営職業紹介に関する行政事務は、労働大臣の管理のもとに、公共職業安定所が担当しているが、都道府県知事もまた、労働大臣の指揮監督を受けて、公共職業安定所の業務の連絡統一に関する業務を機関委仕事務として処理しており、高野係長および田辺課長、杉山部長、北条局長らは、いずれも東京都知事の右委仕事務につき、同知事の指揮監督のもとにその事務の処理にあたり、その職務を行うについて、次に述べるような違法行為をなし、原告に損害を加えたものであるから、被告東京都は、国家賠償法に基づき、原告に対し、その損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告国および被告東京都には、次のような違法行為がある。

(イ) 高野係長らは、労働大臣によつて選任された地方事務官であり、国の公権力の行使としての民営職業紹介事業者に対する行政指導を行うに際し、故意または過失により、協議のうえ違法に本件通告を発した。

(ロ) 原告が、本件通告を受けた当時、日本国内においては、訴外東販の会社と同様の事業目的を有して事業を行つていた他の訴外会社(マンパワー・ジャパン株式会社、以下、単に訴外マンパワー社という。)があり、右訴外会社に対し、各種有料(民営)職業紹介事業者団体で構成している日本民営職業団体協会から、つとに、訴外マンパワー社の事業は、実質的には、法四四条にいう労働者供給事業に該当する疑いがあり、違法行為と見られるので善処されたい旨の要望が、被告東京都、同国に対してなされていたにもかかわらず、被告東京都の知事も、被告国の労働大臣も、右の点につき、なんら職業安定法違反の告発をすることもなく、また、右訴外マンパワー社に対し営業禁止の行政指導をなしていないのである。

しかも、原告が、本件の行政指導である本件通告を受けた当時、訴外マンパワー社が日本国内において、盛大に訴外東販の事業目的と同様の事業を行つていたことは、動かない事実である。もし、訴外マンパワー社の営業活動が、労働者供給事業に該当しないのであれば、原告の設立した訴外東販の目的とする事業活動もまたしかりといわなければならない。しかも、両社の事業目的は同一であつても、訴外東販の場合は、訴外マンパワー社のごとき、一見して労働者供給事業と認められるような事業活動をするつもりは全くなく、あくまでも、池袋職安の指導のもとに、違法行為のないように事業をすることを心がけていたのであるから、ますます、労働者供給事業には該当しないのである。そのにもかかわらず、被告東京都の労働局に所属していた高野係長は、訴外マンパワー社の現になされている違法行為を放置しておきながら、原告に対しては、訴外東販の業務につき、その営業開始前に禁圧し、そのうえ、営業を開始すれば、すでに原告に許可されていたマネキン紹介事業の許可を取消す旨の脅しをかけたのである。このような、高野係長の措置は、あまりにも不平等、不公平な措置というべきであり、違法である。

そればかりか、高野係長の本件通告があつてから、更に三年近い時日が経過したが、いまだに被告たる国の労働省当局も東京都知事も、訴外マンパワー社の違法行為に対し、告発等の手続をとることもなく放置している。そのことは、行政当局が同社の事業を合法的なもの、あるいは可罰的な違法性がないものとして是認したものとみるのが相当であろう。そうだとすれば、原告の設立した訴外東販の事業もまた当然に合法的なものとして取扱うべきであつたのである。それなのに、右訴外東販の営業開始前に営業の禁止を通告するという高野係長の所為は、明らかに行き過ぎであり、このことは、高野係長らは、法の誤つた解釈と、事実を誤認したことによつて、違法な本件通告をなしたものである。

(ハ) 本件通告の根拠として、被告らは、訴外東販の事業内容が職業紹介業務と類似しており、そのような事業を行うことは、職業紹介事業の許可方針の要件を欠くことになると主張しているが、それは次の点で違法である。

① 訴外東販の事業目的は、職業安定法二三条の四所定の禁止事業には明らかに該当しない。のみならず、兼業する事業が紹介業務と類似しているならば、かえつて紹介事業における経験と知識が有効に活用されるのであるから、両者が類似していることは、兼業にプラスにこそなれ、妨げになることはない。

② 訴外東販には、企画、宣伝のエキスパートが専従することになつており、原告が、職業紹介事業を粗略にする心配はない。また、もしそのようなおそれがあれば、職業紹介事業の方に紹介責任者を置けばこの問題は解消する。よつて、職業紹介事業への専念義務違反が懸念されることはない。

(ニ) 原告は、池袋職安の指導に従つて訴外東販の業務が職業安定法等の関係法令に違反することがないように業務を行おうと留意していたのである。そして、訴外東販の営業開始後にその業務内容等に違法行為があれば、その是正のための行政指導を行うのは許容されるであろうが、本件通告は、訴外東販がその営業を開始する以前において、営業を開始すれば、すでに取得している職業紹介事業の許可を取消す旨脅しつけて、右営業の開始を禁止したものであり、明らかに行き過ぎであつて、違法である。

2(被告国の責任について)

被告東京都の職員である高野係長は、労働大臣によつて選任された地方事務官であり、その職務は、国の公権力の行使にあたつている公務員であるとも解されるので、右高野係長が、その上司にあたる北条局長、杉山部長、田辺課長と故意または過失により、協議のうえ、違法に本件通告を発して、原告に対し損害を与えたのであるから、被告国は、国家賠償法に基づき、その損害を賠償すべき責任がある。

四  損害の発生

(一) 原告は、訴外東販の設立時において、発起人として三〇〇〇株の株式を引き受け、金一五〇万円を訴外東販に払い込み、本件通告を受けた当時、訴外東販は、すでに本店店舗を賃借して事務所とし、什器備品を入れ、電話を設置し、事務員一名を雇用して営業開始の体勢を整えていた。

しかし、本件通告を受けたため、取締役全員が営業開始に踏み切るべきか否かを協議した結果、訴外東販を解散し、それまでに要した費用は、取締役らにおいて平等に分担して負担することが決められた。

(二) そこで、訴外東販は、昭和五〇年三月三一日に解散し、同年五月二八日ごろ清算事務を結了し、その結果、金四〇〇万円の欠損金を生じた。そのため、原告は、金八三万三、〇〇〇円余の分配を受けたにとどまり、出資金との差額金六六万六〇〇〇円余の損失を蒙つた。

(三) 本件通告により、損害を蒙つた者が、仮に訴外東販であるとしても、同社は、被告らに対し、被告らの職員による違法な行政指導によつて、前記欠損金四〇〇万円相当の損害賠償請求権を直接に取得し、もしくは右出資者らが、右会社と競合して、取得した。そして同債権は、訴外東販の解散後、残余財産として原告ほか五名の各株主にそれぞれその六分の一ずつ分配され、原告は、右債権の六分の一である金六六万六六六六円(以下切り捨てる)を承継取得した。

五  結論

よつて、原告は、被告らに対し、各自、前記出資金との差額金六六万六〇〇〇円余の内金五〇万円、もしくは、原告が承継取得した損害賠償請求債権金六六万六六六六円の内金五〇万円とこれに対するいずれも訴状送達の翌日である昭和五二年一一月二六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因事実に対する被告らの認否)

一(一)  請求原因第一項(一)の事実は認める。

(二)  同項(二)の事実は不知。

(三)  同項(三)の事実中、原告に「雇対法・職安法・解釈総覧」を貸与した事実は認め、その余の事実は争う。

(四)  同項(四)の事実中、昭和五〇年一月二五日訴外東販の設立登記がなされた事実は認め、その余の事実は不知。

二(一)  同第二項(一)の事実中、原告提出の兼業届が受理された事実、昭和五〇年二月の初めごろ、池袋職安の中澤課長と立石係長が、原告が代表取締役をしている訴外会社の本店事務所で面会した事実は認め、その余の事実は争う。

(二)  同項(二)の事実中、原告が昭和五〇年三月初めころ、原告と弁護士(氏名不明)が、東京都労働局職業安定部労働課、民営職業紹介係を来訪したことは認め、その余の事実は否認する。

同係が原告を呼びだした事実はない。

(三)  同項(三)の事実は否認する。

(四)  同項(四)の事実中、訴外東販が昭和五〇年三月三一日開催の株主総会において、解散の決議をした事実は認め、その余の事実は不知。

三1(一) 同第三項1(一)の事実は争う。

高野係長が原告に対して行つた指導は、法の解釈と原告に非違行為があつた場合に、どのような結果になるかについて教示したにすぎないものであり、公権力を行使したものではない。

(二) 同項1(二)の事実中、民営職業紹介に関する行政事務が、労働大臣の管理のもとに公共職業安定所が担当していること、都道府県知事もまた労働大臣の指揮監督を受けて、公共職業安定所の業務の連絡統一に関する業務を機関委任事務として処理していること、高野係長らが、東京都知事の指揮監督のもとに、その事務処理を行つていることは認め、その余の事実は争う。

(三) 同項1(三)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の事実はすべて争う。

訴外マンパワー社にかかる調査は、過去同社の協力が得られず、さらに同社が外資系法人で役員が外国人であるなどの特殊な事情もあつて、その調査は困難を極め、実態をほぼ把握できたのは最近のことであり、現在同社の行う事業が三二条または法四四条に抵触するかどうかについて詳細に検討しているところであるが、その事業内容が複雑かつ多岐にわたるところから、その検討に時間を要しているものであつて、徒らに是正措置をとらずに放置しているものではない。

2 同第三項2の事実中、高野係長が、労働大臣によつて選任された地方事務官であることは認め、その余の事実は争う。

四(一)  同第四項(一)の事実中、訴外東販が解散した事実は認めその余の事実は不知。

(二)  同項(二)の事実中、訴外東販が昭和五〇年三月三一日解散した事実は認め、その余の事実は争う。なお商業登記簿上、訴外東販の清算結了の記載はない。

(三)  同項(三)の事実中、本件の違法な行政指導による損害賠償請求権は訴外東販の出資者らが直接に取得し、もしくは、右出資者らが、右会社と競合して取得したとの事実は争う。

右債権は、右会社の残余財産として、原告ほか五名の各株主にそれぞれその六分の一ずつが分配されたとの事実は不知、原告は、右六分の一相当額の損害賠償請求権を右会社から承継取得したとの事実は争う。

仮に、原告が右債権を訴外東販から分配されたとしても、それは民法上の指名債権の譲渡であり、承継取得でなく、また被告は、民法四六七条一項の承諾をなしたこともなく通知を受けとつてもいない。

(被告らの主張)<以下、省略>

理由

一原告は、昭和四二年五月二四日に訴外会社を設立し、設立以来、同社の代表取締役の地位にあり、同社は、法三二条一項による労働大臣の許可を受けて、有料職業紹介事業(マネキン紹介事業)を営む株式会社であること、更に、原告は、昭和五〇年一月二五日に訴外東販を設立し、その旨の設立登記をなしたことは、当事者間に争いがない。

二原告に対する行政指導

右の争いのない事実に、<証拠>を総合すると、原告と労働省、東京都労働局、池袋職安の三者(以下、行政当局という。)との各折衝経緯は次のとおりであつた事実(当事者間に争いのない事実も含む。)を認めることができる。

1  原告と池袋職安との折衝

(一)  原告は、昭和四二年五月二五日に訴外会社を設立し、その代表取締役に蹴任し、同社は、同年一〇月二九日営利職業紹介事業として、マネキンの紹介を業とすることで労働大臣よりの許可を受け、営業を開始した。

しかし、原告は、訴外マンパワー社をはじめとする数多くの他の業者が、公共職業安定所で取扱う職種のほとんどすべてにつき、何らの許可をも受けることなく、求人先企業に労働者を派遣して、求人先企業の業務を処理させており、いわゆる人材リース業と呼ばれている経営を行うことにより、法に拘束されることなく自由に高率のマージン(手数料)を得ている実情に触発され、当時原告が経営している訴外会社のごとく、法令により厳格に拘束されて営業をしていたのでは、右のような人材リース業者に対抗できなくなるとの不安を抱き、昭和四九年暮ごろ、他の数名の許可事業所の経営者らと共同で、マネキン労働者の派遣を主体とする人材リース業を営む会社を設立することを思い立つた。

(二)  池袋職安の中澤課長と立石係長の両名は、昭和四九年一二月二五日、原告と同業の他のマネキン紹介所を調査した帰りに、原告の経営する訴外会社の見学を兼ねて、訴外会社の事務所に原告を訪問し、原告と面談した。その際、原告は、雑談の中で、中澤課長らに対し、当時、公正取引委員会から各百貨店に出された手伝い店員の改善の問題もあり、マネキン紹介所への求人は将来減少すると思う。そこで、その対策として、百貨店やスーパーストアーなどにおける宣伝・販売業務について、その企画から宣伝、販売までを一括して請負う仕事をしたいが、原告が、そのような事業を行うことには法令上何か問題はないか。」という趣旨のことを尋ねた。これに対し、中澤課長らは、「職業安定法施行規則四条の条件を充足している事業ならばおおむねさしつかえないであろう。」旨の回答をし、加えて遺漏なきを期するため、参考資料として「雇対法・職安法・解釈総覧」を原告に後日貸与することを約した。

しかし、右雑談の際には、訴外東販の会社名が具体的に挙げられるとか、訴外東販の事業内容が詳細に披れきされ、その内容の逐一について、職業安定法や労働基準法上の諸問題につき検討を加えるというまでには至らず、右に述べた程度の概括的な話がなされたにとどまつた。

(三)  原告は、他のマネキン紹介事業を営む許可事業所経営者四名らと共同して、訴外東販を設立し、昭和五〇年一月二五日その旨の登記を経由し、同日その代表取締役に就任した。

(四)  原告は、昭和五〇年一月三一日、池袋職安に赴き、立石係長に面会し、原告が訴外東販の代表取締役に就任したことに伴い、訴外会社の代表者として、兼業することを理由とする変更届をしたい旨申し出て、それに必要な届出用紙の交付を請求し、これを受領した。

(五)  原告は、昭和五〇年二月三日、池袋職安に赴き、前記変更届を提出した。そこで、立石係長は、右届書の形式的要件が具備されているかどうかを点検し、右要件は充足されていたので、右変更届を受理した。

そして、原告は、右変更届提出のとき、立石係長に対し、訴外会社の代表取締役である原告が、訴外東販の代表取締役をも兼務し、その経営を行うことは、原告の訴外会社に関する職務専念義務に反しないかとの質問をした。

それに対して、立石係長は、原告の提示した事例のごとき変更届は、稀な事例であつたことから即答しかねて、上級官庁である東京都労働局の意見を聞いてみることとし、その旨原告に伝え同人の了承を得た。

そこで、立石係長は、電話で、専念義務の問題と、変更届についての確認のため東京都労働局に問い合せたが労働局側は、とりあえず変更届に訴外東販の定款を添付せしめるよう指示をした。

(六)  昭和五〇年二月一〇日、立石係長は、再度労働局に問い合わせたところ、労働局職業安定部労働課民営職業紹介係の高野係長は、訴外東販の事業内容の詳細がわからないので、池袋職安の職員が、原告に面会したうえ、訴外東販の事業内容を詳しく調査する必要があるとし、その旨の調査をするよう立石係長に指示した。

(七)  そこで、立石係長は、昭和五〇年二月一二日、原告方事務所に調査に赴き、原告から、訴外東販の事業内容について事実を聴取したが、その結果その要旨は、次のとおりであつた。

(イ) 訴外東販は、原告を含めて許可事業所を経営している所長五名と百貨店業界に詳しい人物(電通勤務経験者)一名、その他一名の合計七名が中心となり、出資設立した会社である。

(ロ) 訴外東販は、百貨店やスーパーストアーなどで売場の一部を借りて、そこで、特定の企業(場合によつては当該百貨店やスーパーストアーそれ自体)のためにその企業が取扱う商品の宣伝販売について、その企画から販売までの業務を一貫して行う。

(ハ) 右の売場には、訴外東販が雇用したマネキン(マネキンガールの略で、百貨店などで客の前で宣伝する職業婦人の意味、以下同じ。)を派遣する。

(ニ) マネキンは、約三〇名くらい募集し、その募集は、訴外東販が自社の従業員を募集する要領で行う。

(ホ) 右マネキンの訓練は、訴外東販の出資者であり、許可事業所を経営している各出資者の事業所に委託し、各事業所は、その取引先である各問屋に三か月程度の期間でマネキンを職業訓練の目的であつ旋する(その際、マネキンの賃金は、問屋が支払うものとする。)。その後、それぞれのマネキンを訴外東販の業務に従事させる。

(八)  池袋職安の中澤課長と立石係長は、翌同月一三日、右事実調査の結果を労働局に伝えた。これに対し労働局の高野係長は、次の問題点がある旨を指摘した。

(イ) 訴外東販が、自社の雇用するマネキンを特定企業に派遣し、派遣先の労務に従事せしめる業務を行うことは、職業安定法四四条に規定する労働者供給事業を禁止する条項に抵触するおそれがあること。

(ロ) 許可事業所が、取引先である問屋等に対し、職業訓練の委託を行うことは、許可を受けた営業目的の範囲を逸脱する疑いがあること。

(ハ) 訴外会社などが行う許可事業所の業務と訴外東販の事業内容は同質であり、弊害のおそれのある兼業と認められる余地があること。

(九)  そこで、昭和五〇年二月一五日、立石係長は、前記労働局指摘の問題点を原告に伝えた。それに対し、原告は、「訴外東販の事業が労働者供給事業に該当するというのなら、百貨店に出店を出している企業は、すべて労働者供給事業に該当することになる。また、訴外東販は、事実上専門家が運営することになるので専念義務についても支障はない。」旨反論した。そこで、立石係長は、原告に対して、原告自身が労働局に行き担当者から直接意見を聞いてもらつてもよい旨を原告に伝えた。

2  原告と労働局との折衝

(一)  昭和五〇年二月一七日、原告は、訴外東販の取締役である真貝敬子、同女の夫、その他東京都議会議員二名らと共に労働局に赴き、北条局長、杉山部長、高野係長らと面会し、その席上で、原告は、「①昨年一〇月ころ、池袋職安を訪問し、事業の相談をしたが、よいということで会社設立の準備をし、多額の金銭を使つて、訴外東販を設立、その届出を受理しながら、この段階で認めぬということは納得できない。②当該事業に違法となる部分があるならば、どうすれば合法的に行うことができるか指導願いたい。」旨申し出があり、そこで、高野係長から、改めて説明を受けたが、その要旨は、前認定のとおり、「訴外東販の事業計画が、職業安定法に抵触するおそれの強いものであり、実態として、原告らに非違行為があれば、すでに許可を受けている原告の職業紹介事業についても、将来許可されなくなるおそれもあるので、訴外東販の事業が兼業として好ましくない。」ということであつた。

(二)  昭和五〇年三月三日、原告は、本件の原告訴訟代理人である安達十郎弁護士および真貝取締役らと共に再び労働局を訪れ、高野係長と質疑応答をなし、その席上、原告は、前述した訴外東販の事業計画の開陳に加え、労働局側の指摘した問題点を踏まえて次の趣旨の弁明を行つた。<以下中略>

(三)  高野係長は、原告が労働局を訪れた昭和五〇年二月一七日、同年三月三日の二同の面接の折、労働局職業安定部の労働課長である田辺課長と協議のうえ、原告に対し、原告の事業計画には、前記の問題点があることを理由に、これらの問題点を払拭するため、訴外東販の事業を、マネキン派遣を伴わずに企画宣伝だけを目的とする事業に変更することをも勧めた。そして、仮に訴外東販が原告の計画どおりにその事業を開始することになれば、帰するところ原告が代表者をしている訴外会社に関しても兼業等として、その違法を問われることになりかねずかくては、訴外会社の許可事業所としての営業許可も取消されるおそれが生ずる旨を強く示唆しつつ、原告に対して、訴外東販の予定する事業を開始することのないように勧告(いわゆる本件通告)をなした。<中略>

(四)  その後、原告は、昭和五〇年三月中に二、三回高野係長と連絡を保つたが、原告としては、高野係長の本件通告に従つて訴外東販の事業につき、法令上の問題点を完全に除去するためには、訴外東販の事業目的のうちマネキン派遣を目的とする部分を削除し、百貨店やスーパーストアーなどにおける企画宣伝のみを営業目的とする事業に改める以外にその方法がないが、それでは原告の目指した採算の目途が立たず、そうかといつて計画どおりに訴外東販の営業を開始すれば、現に原告が経営し、安定した収益をあげている訴外会社の営業許可が、場合によつては取消されるおそれがあることなどを思い悩みその結果、最終的には、訴外東販を解散すべく意を決しその旨を労働局に連絡した。

(五)  高野係長は、昭和五〇年四月中旬ころ、池袋職安の立石係長に対し、原告の右決意を伝え、不要になつた変更届を原告に返却するように指示し、立石係長は、前同日ころ変更届を原告に返却し、原告はこれを受領した。

以上の各事実を認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、証人立石靖、同高野久の各証言と対比し、にわかに信用することはできないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三本件通告の公権力性

1 右一および二に認定した事実によれば、労働局の高野係長が原告に対してなした本件通告は、職業安定法三二条一項に定める有料職業紹介事業に関し、同法八条、七条に基づき、その職務を担当する労働局職員が許可事業所を営む者から兼業につき指導を要請されたことを契機として、これに対し、同人の計画中の事業について、兼業内容を変更するかあるいは、その事業の実行を断念するよう勧告したものであると認められる。そうすると、高野係長のその行為は、いわゆる行政指導にあたるというべきである。そして、右行政指導は、職業安定法に規定する、いわゆる有料職業紹介事業について、指導監督する業務に付随する業務というべきであり、同法四条四号に基づく国(政府)の職務としてなされたものであると認められる。ところで、職務賠償法一条一項に定める「公権力の行使」とは、国または公共団体の作用のうち、純然たる私的経済作用と公の営造物の設置および管理の作用を除くすべての作用をいうと解するのを相当とするから、本件において、高野係長のなした行政指導は、同法に定める国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務として行つたものと認めることができる。

四本件通告の違法性

そこで、高野係長がなした公権力の行使たる行政指導が違法であつたかどうかについて検討する。

1(一)  右に認定した事実によれば、訴外東販の予定していた事案内容は、次のような趣旨のものであつた。

(イ) 訴外東販は、会社自体がマネキンを雇用する。

(ロ) 雇用したマネキンは、専ら百貨店やスーパーストアーなどのマネキンを派遣する企業の各売場に派遣することにより、同売場において、当該派遣先企業の商品の宣伝と販売のための労務に従事させる。

(ハ) 訴外東販は、百貨店やスーパーストアーなどの売場において、派遣先企業(場合によつては、当該百貨店やスーパーストアーそれ自体)のために、当該企業の取り扱う商品の宣伝販売について、その企画から販売までの業務を一貫して行う旨の契約を、その派遣先企業との間で締結する。

(二)  そこで、訴外東販の予定していた右の事業が、職業安定法に定める労働者供給事業に該当するおそれがあつたか否かについて検討する。

同法四四条は、労働組合法による労働組合が、労働大臣の許可を受けて無料の労働者供給事業を行う場合を除くほか、何人も労働者供給事業を行なつてはならない旨規定している。その立法趣旨は、労働者が労働者の供給を受ける者からその労働の対価として支払われるべき報酬の一部もしくは全部を、その中間にたつ、労働者供給業者から中間搾取されることを防止し、あわせて、かかる場合には、労働者が、その自発的意思によるのではなく、労働者供給事業者の命令ないしその指示に従つて、受働的に就労先が定められることとなる結果、当該労働者自身の意に反してでも労働者供給事業者の定めた労務に就かざるを得なくなるという事態を事前に防止することにあるというべきである。ところで、職業安定法は、憲法二二条一項と同二七条一項に基づき、職業選択の自由ついて、実質的な確保をはかるとともに、各人がその有する能力に適当する職業に就く機会を与えることにより、工業その他の産業活動に必要な労働力を充足し、もつて、経済の興隆に寄与することを法の目的としている(同法一条参照)。そして、同法四四条には、その趣旨に従つて、労働者の職業(職場)選択の自由を確保するという側面があるということができ、そのことの故をもつて、同法に規定されているというべきであるが、その究極の目的とするところは、前述のとおり、労働者に対する中間搾取の排除および強制労働の禁止を定めた労働基準法六条、五条と同じ趣旨ということができる。そのことは、過去における経験から、労働者に対する中間搾取や強制労働が行われやすい場であつた労働者供給事業について、その事業を一律に禁止することによつて、その目的を達しようとするものであり、そのことからすると、職業安定法四四条は、労働基準法上の各規定に対し、いわば、制度的に保障する規定としての役割を担つているということができる。

そうだとすると職業安定法に規定されているような「供給契約に基づいて、労働者を他人に使用させる労働者供給」(法五条六項)を、継続する意思をもつて反覆して行えば、同法四五条(労働者供給事業の許可)に規定する場合に当らない限り、ことごとく労働者供給事業の禁止を規定する同法四四条に違反するものと解しなければならない。換言すれば、①自己の支配下にある労働力を、②他人の求めに応じて他人に提供し、③その使用に供するという実態がある限り、その契約の態様が請負契約の形式をとると否とにかかわらず、それを業として行えば同法四四条の禁止する労働者供給事業になると解されるのである。

(三)  そこで、訴外東販の事業内容について検討してみると、まず訴外東販自体がマネキンを雇用することは、自社の社員として、その雇用したマネキンの労働力を自己の支配下に置く典型的な一型態というべきである。次に、自社で雇用したマネキンを、派遣先企業との契約によりその派遣先売場に派遣してそこでの労務に従事せしめることは、他人の求めに応じて、自己の支配下にある労働力を他人に提供することに当るということができる。

そして、右提供された労働力の使用については、訴外東販としては、派遣先企業のために、当該企業の取扱う商品の宣伝販売について、その企画から販売までの業務を一貫して、訴外会社において行うとする契約が、派遣した企業の使用に供したということになるか否かの問題となる。

ところで、職業安定法四四条で規定する、労働者供給事業禁止の趣旨は、次のように理解すべきである。すなわち、労働者供給業者とその労働者の供給を受ける者との間で締結される契約の型式が、労務そのものを供給することを目的とするものではなく、仕事の完成のためにする目的をもつてする労務を提供するという、いわゆる請負契約である場合や、あるいは請負契約とその他の契約の複合せるいわゆる複合契約である場合とを問わず、その契約の実態が、労働力の供給、すなわち、労働力を一時的にせよ他人の使用に供することにあると認められる場合には、その事業は、労働者供給事業に該当するとして、これを排斥しなければならないことを定めている趣旨というべきである。

この点を踏まえて、行政組織の内部規律である職業安定法施行規則をみると、同規則四条では、同法五条に規定する職業紹介等に関する事項を定めており、その規定は、右の同法の趣旨を具現化した解釈規定として、十分に合理的であると解することができる。

他方、これに対し、原告は、訴外東販の計画している事業内容は、マネキンの派遣先である百貨店やスーパーストアー等との契約は請負型式によるものであることを強調するものの、昭和五〇年三月三日に高野係長と面談した当時においては、未だ派遣先における訴外東販のマネキンについての労務管理や指揮監督の方法を具体化できない状態である旨述べており、そのことは、同法施行規則四条一項二号にいう「作業に従事する労働者を指揮監督するものであること」との要件を欠くおそれが多分にあつたと推認することができる。また、原告は、訴外東販の事業内容として、派遣先企業の取り扱う商品の宣伝販売について、その企画から宣伝、販売までを、訴外東販において一貫して行うとしているが、右業務が脱法的でないと言い得るためには、その業務内容のうち、マネキン派遣以外のその他の部分の業務が単なる付随業務や単純作業ではなく、相当高度の専門性を有する業務でなければならず、同法施行規則四条一項四号もその趣旨を明言しているところ、原告の計画している訴外東販の事業は、マネキン派遣を除外した企画宣伝だけでは事業として成り立たないことを主張するのみであり、訴外東販の業務内容のうちマネキン派遣を除く他の作業の専門性については何ら開陳するところがない。かくては、高野係長によつて指摘されたとおり、施行規則四条一項四号に照らしてみても、訴外東販の業務は、労働者供給事業に当るおそれが強かつたと認められても止むを得ない事情があつたというべきである。

(四)  <省略>

(五)  そうだとすると、原告の計画していた訴外東販の事業内容は、その実質においては、職業安定法四四条によつて禁止される労働者供給事業に該当することとなるおそれが強いとの判断のもとに、高野係長らが、原告に対して本件通告をなしたという被告の主張は行政担当者として、なすべきことをなしたものとして一応首肯することができる。そうするとその点で、高野係長らの行為にはなんらの違法をみいだすことができないし他に違法事由を認めるに足りる立証はない。

2  そこで、更に、原告が主張する被告らの所為は、訴外東販と同種の事業目的を有する他社に対する取扱いと差別して、不平等の取扱いをした違法があるとする点について検討する。<中略>

3  次に、被告らは、職業安定法の解釈を誤り、原告の予定していた会社の運営に関する事実誤認をしたうえで、本件通告という違法行為をなしたとする点について検討を加える。

(一)  職業安定法三三条の四によれば、職業紹介事業として兼業を禁止している職種は、料理店業、飲食店業、旅館業、古物商、質屋業、貸金業、両替業その他これらに類する営業に限られており、そのことからすると、その余の兼業については無制限であるかのように解する余地がある。また、一方、被告らの引用する同法三二条八項および同法施行規則二四条六項については、いずれも有料職業紹介事業の許可申請手続や申請書の様式などのいわば形式的、手続的な定めのみを職業安定局長に委任したものと解されるから、その権限は当然には、法の範囲を超えて実体的な制約を課する根拠とはなし得ないというべきである。

しかし、同法三三条の四は、特に風俗上その他の面において好ましからざる影響を与えるおそれのある営業およびその営業を通じて求職者に不当な拘束をおよぼすおそれのある営業を列挙し、これらの営業をなす者が、職業紹介事業を営むことを刑罰をもつてでも阻止しようとするものであるから、そのことからすると、同条の趣旨は右以外の営業を兼業することを積極的に許容するものとは到底解し得ないというべきである。

しかも、同法三二条二項によれば、労働大臣が有料職業紹介事業の許可をなすには、申請者の資産の状況および徳性をも審査することを求めており、このことは申請についての道徳的意識をも判断すべき事項としているのであり、同五〇条によれば、当該許可事業所の事業もしくは業務が公正を害するおそれがあると認めるときは、労働大臣は、その許可の取消しをなし得るものとされている。

そうすると、許可事業所の経営者の兼業が、同人の徳性を阻害し、もしくは有料職業紹介事業の公正を害するときは、右規定に基づき、当該申請人から申請のあつた営業許可を発付せず、あるいは同許可を取消すことができるものと解することができる。

(二)  しかして、当事者間において、昭和三五年七月六日職発第六三四号通達が存することは当事者間に争いがなく、更に<証拠>によれば、同通達別紙1の1「営利職業紹介事業の許可方針」には次のとおり定められている(本件では必要個所のみ引用する。)ことが認められる。

(1) 六項「申請者(法人、団体の場合は、職業紹介事業の主たる責任者)が行なつている前号(法三三条の四に掲げる兼業)以外の兼業は、その取扱職業との関係において不適当なものであつてはならない。」

(2) 九項前段「申請者(法人・団体の場合は、職業紹介業務の主たる責任者)は、労働法令に関する知識およびその取り扱う職業に関し必要な知識、経験を有し、かつ事業に専念することができるものでなければならない。」

(3) 一二項「職業紹介事業を会員の獲得、組織の拡大、宣伝等他の目的の手段として利用するおそれのあるものであつてはならない。」

右の通達によると、その職旨とするところは、いずれも職業紹介事業について、兼業およびそれに伴う各種の弊害を排除し、もつて許可事業の公正と申請者の徳性を堅持せしめようとするものであり、いずれも許可ないし許可取消の基準として定めたものであり、その規定は合理的であると解せられる。

(三)  そこで本件の場合について検討してみる。すでに認定したとおり、原告の経営する訴外会社は、マネキン紹介を業とし、訴外東販は、マネキン派遣を主体とした事業であり、その両社の代表取締役は原告であることが認められる。そうすると、経営者が実質上同一である限り、訴外会社のマネキン紹介先と訴外東販のマネキン派遣先は、同一職場であることも十分予想され、その場合、マネキン紹介の要請に対し、紹介については、その手数料が比較的低率に法定されていることから、請負契約名下に、訴外東販の直接雇用の形式をとるマネキンを派遣して、実質上、派遣先企業からマネキン労働者に支払われるべき報酬の中間搾取をはかり、あるいは、訴外会社に求職申込をしたマネキンを訴外東販に雇用されるマネキンとなるように勧誘、強要したりする事態に立ち至るおそれがあるということができ、更に、既存の許可事業所の営業を通じて新しい会社である訴外東販のマネキンを獲得したり、その業務の顧客を開拓したり、宣伝に努めるという事態が生じやすいことは容易に想像することができる。同一の経営者が許可事業所と同質の事業を兼業することによつて予想される右の事態は、前記許可方針六項および一二項に抵触すると解することは至極当然のことといえるし、高野係長がその懸念を原告に伝えたのは、行政を担当する係員としては、正当な行為といわなければならない。

(四)  また、前に認定のとおり、原告の計画通りに両会社の運営がなされれば、原告は、訴外会社の業務に対する専念義務に反し、前記許可方針の九項前段に抵触するおそれは十分にあるといえる。

この点につき原告は、訴外会社について、別に紹介責任者を置けばそれで足りるとし、現にその予定であつたと弁明しているが、許可事業所における実質上の主たる責任者が、許可を受けた紹介事業と同質の事業を行い、しかも、その事業の方が相対的に高収益率が期待される場合には、当該事業について、精力を集中するということは、容易に予想することができ、そのような事態は、責任者としての徳性上好ましからざることであり、前記許可方針九項の潜脱行為となる疑いがあるといわなければならない。

それらの点に懸念を持ち、そこを指摘した高野係長らの行為にはなんら責められるべき違法はない。

そうすると、右の点についても、原告主張の違法事由について、これを認めるに足りる証拠はない。

4  更に、高野係長が、原告に対して行つた本件通告が、原告が設立を予定していた訴外東販の事業開始前に、当時までに原告が得ていた許可事業の取消しを理由に脅し付けて、事業の解散を余儀なくさせた違法があるとの点について検討する。

前に認定したとおり、原告は、当初計画していた訴外東販の事業については、法令上各種の問題があり、高野係長は池袋職安の立石係長らを介し、あるいは直接にその旨を原告に伝え、原告は、右の問題点を踏まえてその事業の内容について、相応の修正を試みた。しかし高野係長は、訴外東販の事業について、法令上なんらの疑念を有しない型態で営業を行うためには、その主要な業務内容であるマネキン派遣の要素を除去しなければならない旨を伝え、もし右の型態による事業が不可能であるならば、訴外東販の事業の開始を中止した方がよい、そうでなければ、その事業開始により、原告が現に経営している訴外会社の営業許可について、取消事由が生じるおそれがあることを懸念し、本件通告を行つたものと認めることができる。そして、前に検討してきたとおり、高野係長の行政指導上の懸念には十分な理由があると認められるのであるから、訴外東販の営業開始前に、同係長が、原告に対し、本件通告を行つたことは、当時原告が許可を受けて営業していた訴外会社の存続にとつて有益なものであつたとして評価されこそすれ、なんらの非難に価するものではなかつたと認めるのが相当である。そうすると、この点について、原告の主張する違法事由もまた理由がないというべきである。

5  そうすると、高野係長らの原告に対してなした本件通告には、なんらの違法があるとすることはできない、そうだとすると、右の違法行為を前提として、国家賠償法による被告国および被告東京都に対して求める原告の主張はすべて失当というべきである。

五結論

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小野寺規夫 寳金敏明 升田純)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例